第1問 「社史」とは何ですか




お答え : 「社史」とは「経営史」です。

 「社史」とはその会社の「経営史」です。どういう経営判断のもとにどういう経営がなされてきたかを会社自ら確認し調査研究した「論文」であり「歴史書」です。

 「社史」は「会社の歴史」なのだから経営面だけでなく、ほかのことだっていっぱいあるだろうと思われるかもしれません。会社のサッカーチームが大会で健闘したこと、有名な文化人の来訪がニュースになったこと、工場で大きな火事があったこと、また一人の営業マンが大きな成績を上げたことなども会社の歴史なのだから「社史」ではないかと。

 もちろん、そういうことは歴史上の大きなトピックですから、社史に書き残されるべき「会社の歴史」であることは間違いありません。しかし、それらをいくら詳しく書き連ねても、それだけでは「社史」という書物のイメージに対して、何かが足りないような、肝心なものが抜けているような感じを覚えられるのではないでしょうか。それはどういうことなのでしょうか。

 「社史」は会社が発行する書物である――というところに、考えるべきポイントがあります。会社が発行する「社史」を、個人が発行する「自分史」と比べてみればわかります。「自分史」は、一人の人間が人生においていろいろな体験をしながら、その中でどう考えたか、そしてどう自分として行動したかを記述したものです。それならば「社史」も同様に、時代の流れや環境変化によりいろいろな体験をする中で、会社がどう考えたか、そして会社としてどう行動したかを記述したものであるはずです。ところが上記のような歴史上の出来事を「会社の歴史」として書き出しただけでは、「自分史」の「自分」にあたるものがはっきりと出てこないので、「会社の自分史」である「社史」というには違和感や欠落感が感じられてしまうというわけです。

 会社が考えたこと、判断したこと、行動したことがきちんと書かれるためには、「会社」という抽象的な言葉でなく、実際にそれを行った「経営者」という具体的な「人」あるいは「人の群れ」が「自分史」における「自分」としてそこにきちんと存在している必要があります。つまり経営者の「経営史」として書かれて初めて「会社の歴史」は「社史」になるのです。さらに言えば、経営者でない社員でも、その持ち場において強い経営者的意識から判断して行動し、それによってもたらされた重要な結果があれば、それは「社史」の一部分とされ得る資格を持つことになります。

 そのように、「社史」は無限定の「会社の歴史」ではなく、「経営史」として記述されまとめられて初めて「社史」になるということを、社史を書く人はしっかりと認識しておかねばなりません。

 ところで、「社史」の作られる目的は、といえば、上記のようなことから、「経営に当たる者が将来への正しい経営指針を得ることである」と言うことができます。しかし一方、社員も「社史」によって経営史を正しく知ることができるのであり、その事自体が実は経営者感覚をもつことを意味します。それは経営を行う側にとってマネジメント上安易な意味で「都合が良い」効果であるかといえば、決してそうとは限りません。経営者感覚と愛社精神をもつことで、経営に対する厳しい批判の眼も社員の側に生まれてくるからです。このことが「社史」がもつ最大の価値と言えるかもしれません

 そこまでの力を持つ社史こそ、「良い社史」であるということができるでしょう。

《文責:社史ライター・竹林哲己(株式会社牧歌舎 代表)》



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